第2話軽トラック
『軽トラ一台から始まった、鉄くず拾いの旅』

「このままじゃ、終わるわけにはいかない」

父の会社が倒産し、数千万円の借金を背負った家族。
自分には守るべき妻と子どもがいる――その事実が、私の背中を押していた。

家の片隅に眠っていた古びた軽トラック
もう動かなくてもおかしくない年季モノだったが、これが唯一の“商売道具”だった。

名刺は手作り、電話はガラケーひとつ。

何をどう始めたらいいかもわからない。
「どこに鉄が落ちているんだろう?」「どこに行けば仕事になるんだ?」
手探りのまま、行動するしかなかった。

地元の整備工場、電気工事会社、農機具屋、バス会社……。
見つけるたびに飛び込みで訪ね、手作りの名刺を差し出した。

ほとんど相手にされなかったが、なかには話を聞いてくれる方もいた。
「いくらで買ってくれるの?」と聞かれ、私は答えに詰まった。
今となっては当たり前の質問だが、当時の私は鉄スクラップの相場すら知らなかった

「よし、それならまずは軍資金(=買取金)をつくろう」

ヤフオクで昔のバイク部品や趣味の道具を売って、なんとか3万円の現金を手に入れた。
これが、私にとって最初の「商売資金」だった。

正直、一度でも空振りすれば終わる。
それくらいの崖っぷちだった。

最初の“お客様”は、バス会社の整備士さんだった。

「古くなったバッテリーならあるよ」――

そう言って、整備士さんは倉庫の奥にしまってあった、使わなくなったバッテリーを見せてくれた。

「もし持っていけるなら、全部持って行っていいよ」

重たいバッテリーを、汗だくで軽トラに積み込んだ。
サスペンションがきしむ音が、今でも耳に残っている。

近くのスクラップヤードに運び込むと、数万円の現金になった。
その瞬間、私は心の中で叫んだ。

「これだ!」

そのお金は、家族の食費になった。
次の仕入れの軍資金にもなった。
まさに1日1日の“上がり”が、生活を支えていた

家に帰れば、まだ幼い子どもたちがお腹をすかせて待っている。
だから、1日も休むことはできなかった。

血眼になってスクラップを求めて走った。
時には秋田県、山形県まで、軽トラで何百キロもかけて回った。

だが、現実はそう甘くなかった。

交通費や燃料代をかけて長距離を走っても、
利益のほとんどがガソリン代に消えていくこともあった。

それでも、止まれなかった。 一歩引けば、すべてが崩れてしまう気がしていた。